春めくオランダ・ベルギー運河の船旅

 今回は三越伊勢丹ニッコウトラベルに主催のセレナーデ号によるベルギー・オランダ運河の船旅12日間に出かけました。平均年齢75歳という7高齢者向けのゆっくり、のんびりの旅でした。これならまだまだ海外旅行へ行ける自身が着きました。 世界の花壇との言われ、国花でもあるチューリップを中心に様々な花を栽培して輸出しているオランダと、歴史ある街並みに溶け込むような花々の彩を堪能することが出来るベルギーを旅しました。 また昭和40年代に見たゴミの町そしてどぶ川アムステルダムは綺麗な街に生まれ変わっていた。また国立美術館で記憶に残らなかったが最近日本で公開されて見直されたフェルメールを、ゴッホ、レンブラント、ルーベンス等絵画鑑賞の旅でもあった。
ロッテルダムへへ 
、ライン川と2本の支流マース川とスヘルト川が北海に注ぐデルタ地帯に発達したオランダ第2の都市。
第2次世界大戦で徹底的に破壊されたので、戦後復興した新しい街でもある。
     
 テルネーゼンを18時に出港したセレナーデ号は、 運河を通過中  後方の扉が閉まり、前方の 扉が開きだした 世界最大級の港 ロッテルダムに午前4時に到着した
     
 オランダ最大の産業都市  近代的なビルが立ち並ぶ  ロッテルダム中央駅
   
         
 上は、マルクトハル:2014年オープンした
生鮮食料品、グルメ、スーパーマーケット
などが揃っている屋内型マーケット

ここでお土産のーズを買った。
       ムール貝、エビ、イカの油炒めと
ビールを買った
  
  キューケンホフ花公園
 
     
 ロッテルダムから57Kmのキーケンホフ花公園へバスで行く  車窓から見るチューリップの球根畑  花が咲いたと思うとすぐ花を摘み取ってしまう。花の絨毯はすぐ消える
1949年ヤコバ夫人所有の土地を花公園とした。チューリップをはじめヒヤシンス、アイリスなど700万株以上の球根が植えられている。
 
2019年の開催日は3月21日〜5月19日です
開園70周年を迎える2019年のテーマは「フラワーパワー」です。
       入り口で開催されていたジャガーのクラッシックカー
1960年頃のジャガーマークⅡ
       
     
     
     
     
     
     

風車の2階に登るとチューリップの花畑も見渡せる。
 

 ハーグへ 
北海に面するオランダ第3の都市ハーグは、国会議事堂をはじめとする政府機関、各国大使館が集まており、オランダの政治の中心地。
15世紀から商業・金融の中心地として発展し、ヨーロッパ第2の港として名高い。またヨーロッパ最大のコンビナートを形成している。
スペインの抑制から解放された連邦共和国は、、17世紀には大いに発展し、海軍はヨーロッパ最強になった。アメリカ大陸やアジアと交易をし、商業の中心地として繁栄を続けた。
また科学者、作家、哲学者、作家など知的交流にも恵まれて、17世紀のオランダは活気に満ち溢れ、絵画においてずば抜けた輝きを見せた
     
 ロッテルダムからハーグ30Kmのバスの旅、高速道路が整備されている  ホフファイファアー池越しに見るビネンホフ 13世紀に建てられ 国会開会式が行われる【騎士の館】
 
 13~17世紀に建てられた国会議事堂、総理府    
 
マウリッツハイス美術館。1633年に建てられた。
開館1時間前の特別拝観です。
国王ウイリアム1世が収集した作品が中心
  
     
 【真珠の耳飾りの少女】北のモナ・リザとも呼ばれている。ウルトラマンブルーのターバンの青が鮮やかでした。この青はラピス・ラズリという宝石が使われている。  フェルメールの【デイアナとニンフたち】1653年  ルーベンスの【聖母被昇天】
     
 
パウルス・ボッテル【若い雄牛】1647年
   
   レンブラントの自画像 1669年63歳で亡くなった  レンブラントの【トウルプ博士の解剖学講義】1632年
     
  フェルメール【デルフトの眺望】1660年 
室内に立つ女性の姿を描いた作品が大半のフェルメールに
とってはこの絵は異例の風景画である。
 
  
ヘンドリック・アーフェルカンプ【スケートをする人々のいる風景】1653年


 
 マウリッツハイスの展示場  セン・ブリューゲル及びペーテル・リュベンス【楽園のアダムとイブ】
ドルトレヒトヘ
人口11万人が暮らす小さな街。時代は1572年、スペインがこの土地を支配していた頃に、スペイン勢力に対抗するため近郊都市の代表者がドルトレヒトに集結し、オランダ独立国家の指導者としてウィレム1世を承認した。
その後、ウィレム1世中心にオランダ独立戦争(1568-1648)が発展。最終的に現オランダ王国の原型といわれるネーデルラント連邦共和国が誕生します。
     
 日本茶テイータイム  ドルトヒトに着く。 ワインや木材、穀物などの貿易で大きく発展した。そのため中世時代から立派な建物群が建設された 市庁舎
 
聖母教会が面着く
 
 聖母教会のステンドグラス   パイプオルガン
 
     
 市内は運河でつながっている。  町の広場  
     
 セレナーデ号 夕食後は 民族衣装をまとった地元の舞踊団のショー  農夫の仕事
 キンデルダイク 
     
     
     
     
     
     
     
     


 ブルージュ運河と橋の街で、“北のベネチア” 
水の都ブルージュと言われている。ブルージュとは橋の意味、運河に50以上の橋が架かっている。北海と水路で結ばれていたブルージュは12,13世紀には西ヨーロッパ第一の貿易港となり、中世ヨーロッパの商業の中心として栄えた。しかし15世紀には黄金時代と言われ、各国の商人や貴族がこの町に豪壮な建物を建て、また芸術活動も隆盛を極めた。その後、ブルージュと北海とを結ぶ水路が沈泥のために浅くなり、商船が出入りできないようになり、ブルージュは都市としての機能を失っていった。