職員のゆかた2002
                                         Beer Partyをレストラン・シーホースにて(2002年7月11日)
 ゆかたを着る女性が増えてきました。斬新な色柄、古典的な色柄のゆかた、そして自分に合った粋な着方、創造力豊かに、新しい感性で自由に着ているのを見ると楽しいですね。男性のゆかた姿も増えるといいですね。
右前:
自由に着てもかまいませんが左前には着ない方が良いのでは。
    
左前に着るのは「死んだときだけ」「早死にする」などといい、たいへん縁起の悪いこと、いわばタブーとされています。女性の洋服は左前なのに、和服では、何故右前にしなければならないのでしょうか ?                                                    
第1には、右利きの多い日本人では、懐へ物を出し入れするには、右前の方が便利ですね。
第2は、病院では患者さんが死亡すると、清拭して左前に着物を着せます。これは仏式の葬儀で、死者に着せる経帷子(きょうかたびら)を左前にすることに起因しています。しかし、高松塚古墳(右写真)の中央赤い服の女性は左前に着ています。古墳時代(4〜6世紀)は右前と左前の両方の服装でした。わが国において、最初に服飾の制度を打ち出したのは推古天皇(在位592-628年 )で、聖徳太子の冠位の制定に始まります。聖徳太子は遣随使を派遣し、唐の文化を輸入しました。当時の中国では右前(漢民族 は右前であった。そして卑しんでいた北方の騎馬民族が左前にしていた)が流行していたので、これに習って右前を奨励したそうです。そして719年(養老3年)詔勅「続日本紀」元正天皇2月3日の条に『初メテ天下ノ百姓ヲシテ襟ヲ右ニ令ム』が発布され、以後日本では右前に、そして道端で『のたれ死』の人を左前に衣を着せて死者と生者の区別しました。これが仏教や医師の世界に定着して、死者には左前に着せる風習が定着しました。
   では西洋ではなぜ、女は左前でしょうか?異論のあるところですね。H氏曰『自分で着たり脱ぐときは右前が良い。女性を脱がすときは左前が便利だ』と。フェミニスト氏曰『着せて上げるときに左前の方が便利だ』。良く分かりません。
           ↓左前に着ている
和装の革命!!”膝丈ゆかた”
  右の帯びは男物の兵児帯
                           ↓幹事です。
         ↓右前に着ている。




ちょっと気取ってみました。
ゆかたを夏の着物風に着こなしてみました。
(若おかみではありません、独身です。)

乾 杯
今年は地味で落ち着いた
雰囲気にしてみました。

ビールのキャンペインガール
ではありません。職員です。
今年流行のレグスウオーマーを
手作りし、日本の伝統のゆかたを
ここまで着崩してみました。

うまく出来ないビール注ぎ

ちゃんちゃん焼き

呂の羽織りの袖を切り、羽織りの紐は女性のネックレスを自分で
加工し、風鈴を付けました。歩く度に心地よい音色がします。
相川シェフのフランス風魚料理は美味しく写真を撮る暇が無く、残念。



サテン生地
での着物風洋服
仕立ての
手作です。
紐を使わない
ので、楽でした。
一番星見〜つけた。
着慣れた熟年の後ろ姿
シックに決めた4人 忙しい幹事 斬新な4人

ビールとカラオケで盛り上がっている。
屋外でプロジェクターによる迫力ある
カラオケ最高!(田舎だから出来るんだ)
        若い人はカラオケ          
最後は
Sea Horseからの特別イベント

山崎さん操船によるアルバトロス[

心地よい風を受けて、
徳山湾のクルージングを楽しみました。


お世話になったマリーナシーホース シェフの瀬戸さんとチーフの相川さん
Part U、8月31日広島湾クルージング”銀河”へ行きました。
午後6時50分トワイライトブルーの美しい宇品港を出航、一路宮島沖へ 7時30分幻想的な宮島鳥居前へ

ピアノの生演奏を聴きながらのディナー 8時30分広島ベイブリッジ(海田大橋)
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