夏の着物姿は、見る人の目にはとても涼しげに、素敵に映ります。それが日本の美意識、日本人の心意気です。最初はわかっているが暑い。しかし慣れると、ひんやりとした麻の感覚、肌触りが良く、清涼感を誘う透ける生地など、、好きです。今日は気温33度、小千谷縮みに、袖無半天(美しいキモノ2002年夏号の295頁掲載のものを一衣舎にて購入)柳井市白壁の町へ出掛けました。
柳井市白壁の町並 古市、金屋地区には、室町時代からの町割りがそのまま今日も生ており、約200mの街路に面した両側に妻入型式で本瓦葺、入母屋型の屋根を持つ江戸時代の商家の家並みが続く。岩国藩の”納戸”と呼ばれ、産物を満載した大八車が往来し、にぎわった町筋です。 
 
 昭和59年、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
国森家住宅と白壁の町並み 江戸時代中期(18世紀後半)に建造。豪商の家造りの典型として国の重要文化財に指定。本瓦葺、入母屋母屋型の屋根をもつ、白漆喰の土蔵2階建て。 国森家の帳場にて。当時の商家の典型的な家造りが今もそのまま残っています。当時国森家は、ともし油、びんつけ油を商い隆盛を誇っていました。 当時多かった火災への備え、盗難や強盗を防ぐための工夫など、色々な仕掛けがされているところは必見!(うだつ卵建も見られます)
 「むろやの園は、油商として栄えた小田家の屋号「室屋」に由来。江戸時代、50石〜125石船を50艘も抱え、西は九州から東は大阪と手広く商いをおこなっていた西日本屈指の商家でした。敷地内には、主屋を始め、本蔵、勘定蔵、米蔵、道具小屋、中間部屋など、11棟35室もの建物があり、現存しているものとしては、日本最大規模。生活用具や商いに使われていた道具なども展示されており、当時の隆盛ぶりを伺い知ることができます。
柳井縞 素朴なも木綿織物として、古くから親しまれてきた伝統織物です。柳井が商都として栄えていた江戸時代、
                  岩国藩の検印制度によって高い品質が保障されて、全国的に名を馳せていました。当時、この縞はブランド品だったとか・・・。
しかし大正以降は幻の織物となってしまいました
柳井縞で着物を作った田辺さんには驚きました。
西蔵(1980年まで醤油蔵として使用していましたが、平成13年体験工房として生まれ変わりました。)で、柳井縞の体験工房があります。
 柳井西蔵
柳井縞のガマグチを購入しました。
 近年、伝統工芸を復活させようと、新生柳井縞が作られています。素朴な風合いが好評で、人気が再燃している。縞はいろいろなバージョンがあり、小物から服までいろいろ。
ぎゃらりーきじや小路にて
金魚ちょうちんの製作実演をしていました。
金魚ちょうちん祭り
 柳井の代表的な民芸品である「金魚ちょうちん(青森のねぶたをヒントに竹ヒゴと和紙を用いて作られ、当時は柳井縞の染料で着色したと言われています)」がモチーフになった柳井の夏を熱くする祭り。2000個もの金魚ちょうちんが会場各所に飾り付けられ灯をともす光景はとても幻想的です。その明かりの下で、金魚ちょうちんねぶた踊り、白壁江戸祭りなどがおこなわれます。柳井市観光案内より転写する。
茶粥 
庶民的な家庭の味として親しまれています。白壁の町で味わってみては、、、
 「柳井」地名は、今から約1400年前、豊後の国(大分県南部)満野長者の娘般若姫が橘豊日皇子(のちの用明天皇)に迎えられ上京する途中、嵐に遭ってこの地に立ち寄った。その時、ここに湧き出る水を飲み、井戸の傍らに柳の楊枝をさしたところ、一夜にして芽を吹き、柳の巨木となったと伝えられています。
金魚ちょうちん祭り(柳井市)柳井市の民芸品である金魚ちょうちんをモチーフにした夏の一大イベント。
町中に飾られて2000個の金魚ちょうちんのほのかな灯りが、幻想的な雰囲気を醸し出す。
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